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No.00066
大阪市西区のガソリンスタンドに、ボルゾイがいた。
色白ですらりとした肢体を流して、床の上の敷物に身体を預ける。
潤んだ瞳でこちらを見ている彼女は、いや牡かも知れないが彼女なのだ。
その妖艶さは誰が何と言おう、と彼女なのだ。今、まだいるのか知らない。
グレート・ピレニーズって何と、雄々しい姿なのであろう。
声を発するまでもなく、存在感がある。高潔で、尊大で。
その逞しさ、後姿にどこのお方かと尋ねてみたら、
「俺の名前は、桃太郎。」と涼しくも…高橋英樹氏、あの役が一番すきだなァ。
1970年、和暦では昭和45年に大阪千里で、万国博覧会が開かれた。
戊辰戦争や日清、日露と功績を挙げた自分も当時、小学2年生だった。
愛媛県南部の海辺で育った自分は、今からは想像も及ばぬ愛らしさだったらしい。
どうせ、誰も知らないんだからマーク・レスターみたいなって後で書き換えておこっと。
放課後に近所の人まで散歩したり、キャッチボールをしたり平和であった。
犬を連れてきて首輪を外したり校庭は、公園さながらであった記憶がある。
当時はダックスフンドとかブルドッグなど、図書室でしか見ることもなかった。
例外は診療所の医師が飼育する、コリーだった。自分より賢かったに違いない。
柴犬がほとんど、たまに汚れたスピッツを見掛けるくらいであった。
柴犬は今でも、好きだ。とても食べようとは思えないくらい、かわいい。
柴犬を連れてくる御学友が複数、放課後の校庭に存在した。
柴犬と戯れるシーン、実に羨ましかった。自宅は学校に、ほど近い。
「おばあちゃん、犬を飼いたい!」我が家は、とにかく貧しい。
生活費の捻出方法さえ疑問に思われたが、他の家まで盗みに入っていた様子はなかった。
夜空に「あほー。」とよく言ったものだ。ひねくれて星を睨んだ、ボクなのさ。
祖母は条件付で、犬の飼育を許諾してくれた。
犬は人間よりも食事量が多いので、私の抜いた食事で飼育することが条件である。
「うん。ボク、明日からご飯、抜くゥ。」
明日から、ではなく今夜から早速の実行を命ぜられた。甘かった。
試用期間は1ヶ月であり、自分の意思は固かった。その時までは…
夜の食事、翌朝の食事も自分には、勝算があった。給食で三食分を補えばいい。
しかし子供の浅知恵、明治生まれの前に無力であった。
「給食、食うたら飼ってやらんぞ。」
方策尽きて先生に、理由を付けて給食を抜こう、とした。
さすがの担任である。取調室で電気スタンドを向け、自白を強要…いやその、そんな感じ。
詰問され、口を割ってしまった。自分に悪事は、どうやら向いていないようだ。
職員室に残り、少し遅れた給食。連絡帳に書かれ、心証を悪くされた祖母は激怒。
「おまえ給食、喰うたんなら犬は飼ってやらん。」柴犬よりうるさく、吠えられた。
入退院を繰り返した祖父、愛情表現の下手な祖母。他に同居家族は、いなかった。
昨夜と今朝の絶食もむなしく、自分は裏山で泣いた。「犬、飼いたい…」
追記
記憶のうち、鮮明なものを記述してみた
経済的困窮の中で幼少期を過ごすが、過去を振り返り15年ほどの
裕福な時期を除き、今も変わらぬ経済困窮度である
援助を申し出たい方、今まではお断り申し上げてきたが再検討してみたい
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NIKIandNORA☆です。
うんうん。
犬を飼いたいって気持ちよく分かりますよ。
かわいい♪ですもんね。
でも大人になるとちょっと考え方変わってきました。
普通に生きれば、犬は当然自分より先に死ぬわけで、その別れの辛さ、苦しさを考えると、犬のいない生活も悪くはないなと。
やっぱ人間でも動物でも死に目に会うのは辛いですからね。
では、また遊びに来ます!
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