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兵庫県の、とある緩やかな川を漕いで遡ってみた。過日の話である。
どんどん遡り、伴って川幅は狭くなっていった。
やがて両岸の景色は、桃の花ばかりが目に入り、その芳しさと言ったら。
終に水源のようなところにたどり着いたのだが、そこには小さな穴が見えた。
ボートを桃の木にくくりつけて、岸に上がりその穴を目指す。
私がやっと通り抜けることができる穴であったが、その向こうに何があるか?
そこは平野であり、田園であった。小鳥のさえずり、遠くには笑い声さえ。
声につられて歩き出すが、出会った村人は当初、驚きこそすれ歓迎してくれた。
村人たちと話せば、自分が川を遡ってきたことが信じられないようだ。
自分自身、ここの位置関係を理解できぬまま、村人たちに迎え入れられる。
その夜はもてなしの宴、派手さこそないものの特筆すべきは、彼らの笑顔であった。
老若男女、すべてが喜怒哀楽というものの中で、2つをまったく感じさせない。
村長らしき長老が、自分に酒を勧める。梅酒のような甘く、低アルコール度数のそれは
普段、無口な自分をわずかだが、饒舌にさせた。
能弁な長老は、北京オリンピックや大阪桐蔭の甲子園優勝を知らなかった。
TOKIOも知らないし、ほしのあきも知らない。どうやら、テレビがないようである。
ふと、携帯電話を見ると圏外であった。ここは、いったいどこなのだろう。
不審に思われることを恐れ、彼らの概念に身を置くことに決めて、話を聞くことにした。
よくよく聞いてみると、長老を始め幾人かの高齢者は自分と同じ経路で、来たようだ。
市町村合併以前の地名が出てくることで、随分以前のそれを確信した。
昔、「太陽にほえろ!」というドラマを見た話を、老婆が手短にしてくれた。
小声で石原裕次郎は元気か、と尋ねる。即答を控えて、言葉を濁した。
よく見れば老婆であったが、人間の経年変化を感じさせにくい女性であった。
同様、初老以上の村人がいない。しかし明らかに、老人なのであった。
やがて、長老が静かに切り出す。自分に、ここへ住まないか、と言うのだ。
短い時間の中で、随分と心が揺らいだ。身寄りのいない自分に、転居など造作もない。
さっきから、こちらを見ている頭のよさそうな女性は、紛れもなく好みのタイプである。
目が合った時、彼女が近づく。長老の末娘という彼女は、自分を引き止めること、しきり。
自宅に残しているものは、熱帯魚たちとわずかな金銭であった。
頭のいい女性と熱帯魚の重さを、真剣に比べるほど愚かではない自分であったが、
とりあえず一度、帰宅したいと思った。翌日、止めるのも聞かずに村を発つ。
仕事に忙殺され失念していたが、半月後の遡及で、水源へたどり着くことはできなかった。
「黄色い潜水艦」で暮らす、理想郷を描いた音楽である。
夢のある歌詞を、リンゴ・スターがユーモラスに歌い上げる。
隠遁思想から生まれた、陶淵明の散文「桃花源記」は「桃源郷」とも言われる。
逃避願望にも似た曲は、前述の妄想などを生む。どうやら昼寝で、寝汗をかいたようだ。
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あとがき
今月はTHE BEATLESについて書いております。
なお、この文章は作者に著作権があり、複製を不許しております。
つきまして内容等、決して他言せぬよう望みます。
身辺整理がついたら、もう一度、川を上ってみようと思いますが、
記事更新が止まっていたら、もう帰宅しない身の上であること、ご理解ください。
最後まで、お読みいただきありがとうございました




ユートピアはユー、トピア。
無い場所なのだから、そんなものは幻だったのよ(*^_^*)
ほらほら、熱帯魚が待ってるわよ、とーちゃん餌くれ〜って(#^.^#)