営業部第一課(文芸)
2008年07月22日
奈津ちゃんと誠司くん
No.00179

また、安売りやて。見てみいや。このチラシを。
ディスカウントショップが大安売りのチラシ、入れよったがな。
「ホンマや、父さん。何や、スーパードライのこの値段。儲かるんやろか。」
もう、ワシらの時代は終わってもうたようやのォ。
「父さんの時代は、良かったらしいなァ。お爺さん、言うてやったわ。
誠太郎は、ええのうって。ホンマ、口癖やったなァ。」
ワシらの時代は、寡占市場やった。誰でも酒は、売られへんのや。
親父が作った店で、継ぐのに元手は要らへん。儲かる一方やったわ。
それが、こんな時代になってしもうた。ビール券かて、キャッシュバックして
値引く店が出てきよった。洋酒がガタ落ち、高級焼酎はネットオークションや。
「ボクの給与かて父さん、しんどいやろ。実は、近松のおっちゃんに前から
相談しててん。米の卸やってる姫路の会社が人員募集やて。行ってみるわ。」
誠司、面接はどうやった?あんじょう、働けそうか?でも、なァ誠司。
お母ちゃん、心配やわ。そりゃ通勤は1時間くらいやろけど、
今までウチの酒屋で働いたアンタが、卸の会社やて。大丈夫やろか。
大丈夫や、母さん。誠司は和泉家の子や。頑張ってきよるやろ。
「はい、香寺米穀店さんですね。いつも、ありがとうございます。
かしこまりました。すぐ手配しますから今日中には、お届けにあがります。
これは、飾磨ライスセンターさん。いつもお世話になります。
五穀米の新製品を50ですね。はい、ありがとうございます。」
和泉さん、いつも頑張ってはるね。感心やわ。たまには、息抜きせんと。
ところで野球とか、好きなほうですのん?
「あ、但馬さん。お疲れ様です。自分は中学、高校と野球部やったんですわ。
甲子園は無理でしたけど、見に行くことはありますよ。」
せやったん?土曜日に甲子園球場のチケット、あるねんけど、行かへん?
総務の理沙ちゃんと行くハズやってんけど、急用ができてんて。
「ホントですか。自分、土曜日は空いてますからOKですよ。」
よかったァ。チケット2枚あったから、どないしよ、思ててん。
やっぱり、金本の兄貴は凄いですね。あのピンチからソロホームランでしょ?
あれから、流れが変わりましたよね。関本がバント、決めるし、矢野の
犠牲フライで追加点でしょ?次の回では、赤星の出塁の後、ちゃんと盗塁や。
見せるとこ見せよるわ。平野、鳥谷と続いて圧勝やわ。やっぱ、プロは凄いわ。
おっかしい、和泉さんたら。よっぽど野球が好きなんやね。
私がせっかく、めかしこんで来たのに気付かへんねやろな。「但馬さん…」
理沙ちゃんと行くハズってあれ、嘘や。前から和泉さんのことが気になっててん。
ウチのこと、嫌い?「そんな。実はボクも前から、かわいいなって思ってて。」
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また、安売りやて。見てみいや。このチラシを。
ディスカウントショップが大安売りのチラシ、入れよったがな。
「ホンマや、父さん。何や、スーパードライのこの値段。儲かるんやろか。」
もう、ワシらの時代は終わってもうたようやのォ。
「父さんの時代は、良かったらしいなァ。お爺さん、言うてやったわ。
誠太郎は、ええのうって。ホンマ、口癖やったなァ。」
ワシらの時代は、寡占市場やった。誰でも酒は、売られへんのや。
親父が作った店で、継ぐのに元手は要らへん。儲かる一方やったわ。
それが、こんな時代になってしもうた。ビール券かて、キャッシュバックして
値引く店が出てきよった。洋酒がガタ落ち、高級焼酎はネットオークションや。
「ボクの給与かて父さん、しんどいやろ。実は、近松のおっちゃんに前から
相談しててん。米の卸やってる姫路の会社が人員募集やて。行ってみるわ。」
誠司、面接はどうやった?あんじょう、働けそうか?でも、なァ誠司。
お母ちゃん、心配やわ。そりゃ通勤は1時間くらいやろけど、
今までウチの酒屋で働いたアンタが、卸の会社やて。大丈夫やろか。
大丈夫や、母さん。誠司は和泉家の子や。頑張ってきよるやろ。
「はい、香寺米穀店さんですね。いつも、ありがとうございます。
かしこまりました。すぐ手配しますから今日中には、お届けにあがります。
これは、飾磨ライスセンターさん。いつもお世話になります。
五穀米の新製品を50ですね。はい、ありがとうございます。」
和泉さん、いつも頑張ってはるね。感心やわ。たまには、息抜きせんと。
ところで野球とか、好きなほうですのん?
「あ、但馬さん。お疲れ様です。自分は中学、高校と野球部やったんですわ。
甲子園は無理でしたけど、見に行くことはありますよ。」
せやったん?土曜日に甲子園球場のチケット、あるねんけど、行かへん?
総務の理沙ちゃんと行くハズやってんけど、急用ができてんて。
「ホントですか。自分、土曜日は空いてますからOKですよ。」
よかったァ。チケット2枚あったから、どないしよ、思ててん。
やっぱり、金本の兄貴は凄いですね。あのピンチからソロホームランでしょ?
あれから、流れが変わりましたよね。関本がバント、決めるし、矢野の
犠牲フライで追加点でしょ?次の回では、赤星の出塁の後、ちゃんと盗塁や。
見せるとこ見せよるわ。平野、鳥谷と続いて圧勝やわ。やっぱ、プロは凄いわ。
おっかしい、和泉さんたら。よっぽど野球が好きなんやね。
私がせっかく、めかしこんで来たのに気付かへんねやろな。「但馬さん…」
理沙ちゃんと行くハズってあれ、嘘や。前から和泉さんのことが気になっててん。
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2008年06月10日
山本周五郎「青竹」
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No.00137

慶長6年、本多忠勝が近江、佐和山城の井伊直政を訪ねる。共に、徳川四将の一人。
滞在も四五日、琵琶湖に船を浮かべ、伊吹山で猪狩り。また、鈴鹿の山へ遠駆けし
野営の一夜も楽しからずや。やがての出立、城中で催す別れの宴。
「関ヶ原の折、島津の阿多豊後を討ちとめた若者は、この中におるか。」
本多忠勝が、ふと思い出したように尋ねる。井伊直政には、誰のことやら。
己の家臣が手柄なら、いくら本多忠勝が相手とて知らぬは家の恥。
「阿多豊後を討つ時、そなたは其処に見ておったか。」
井伊直政は、それとはなしに探りを入れた後、特長を聞きだそうとする。
「四半の布に墨絵で、かぶらの絵を描いた珍しい差物に、思わず馬を返した時、
まさに豊後へ一槍つけたところであった。その戦いぶり今でもありありと。」
井伊直政は、聞いて安堵を得る。その差者は一人しかおらぬ。
「そのことで合点がゆかぬ。当人に会って確かめてみたいのだが。」と本多忠勝。
口数少なく、気質恬淡。すべてに控え目、さしたる働きもない。余吾源七郎は、
主君、井伊直政に呼ばれて伺候。待ちかねたように本多忠勝が招き寄せた。
確か竹槍のように見えたが、と忠勝。井伊殿が竹槍などを使わす、とは思えず。
深くつけた槍を抜くことは至難にて、使い捨ての竹槍を複数、携えと答える。
褒章、自らの短剣を与え、翌朝も機嫌よく出立した本多忠勝だが、問題が残された。
他家に明かされた功名、捨てておけず慌てて集めた老臣たちとの評議が開かれる。
事実確認と申告しなかったことの詮議も、滞りなく老臣たちの評議は恩賞である。
一人、異議を唱えた竹岡兵庫、1年も前のことと恩賞も無用と、あいなった。
御前評議のしばらく後、余吾源七郎は竹岡兵庫に粗飯を呈したい、と招待される。
透き通る白い肌、長いまつげの美しき乙女が茶を運び、韻の深き声で作法も正しい。
その後、娘を見ることはなかったが馳走に談笑、竹岡兵庫は機嫌もよろしい。
「嫁をとらぬか。五人の娘の中でも、あれは自慢の娘である。」「お断り申し上げます。」
三百石の主人に仕える余吾源七郎、千石老臣の娘をめとれば女房のゆかりで出世。
せっかくですが、ときっぱり。評判の良い源七郎に、やがての縁談。すべて断る始末。
元和元年、大坂夏の陣。武将、余吾源七郎は差物、墨絵のかぶらに数珠を加えている。
苦戦に退去の軍令そむいて多くの兵を失うも、機を見て攻め入り功を成す。
審問に、申し開きさえせず。またもや意見を竹岡兵庫。時の主君、直孝も賛同。
軍令そむくは重科なれど、余吾源七郎の判断で大坂城を攻め落とせた、と。
後日、兵庫が訪れた。まるで、青竹のような男。高く伸び、それを割ったよう、と評す。
今度は嫌とは言わせぬぞ。お旗奉行に出世、嫁をとらせよう。「お断り申し上げます。」
「今より14年前に己の増上慢より、またとなき縁談をお断り申しました。
悔やみましたが、その方はまもなく病で亡くなりました。今でもお声を忘れません。
私の妻は他にはおらず、差物に加えた数珠は生涯の供養にござります。」
「知っておったのか、源七郎。」兵庫、老いの目にはらはら、と。風鈴が咽ぶように鳴った。
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2008年05月24日
「生まれ出づる悩み」
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No.00120

日本国憲法第22条に、職業選択の自由が保障されている。
職業が世襲の時代とは異なり、土着に束縛されることはない。
しかし、そこに保証されていなものは、次なる生活における経済的見地である。
いやならこの地を捨てて、出て行くがいい。それで生きていけるのなら。
自分が受けた義務教育では、「蛍の光」を卒業式に在校生が歌う。
卒業生は「仰げば尊し」を歌い、式の中で「君が代」に次ぐ強制カラーを否定できない。
個人的には不快感を伴わず、むしろ受けた教育に媒介者を尊く感じた。
心で振り返りながら歌ったが同時に、解き放たれる怖さを払拭できなかった。
9割が同じ高校へ進学していく中で、残りの1割に入る自分のみが妥協の旅立ちである。
進学校へ望む自分に、経済事情は抗うことさえ許さず、妥協を幸せと言い聞かせた。
田舎の緩慢な風、保育園から都合15年間も同じ場所に通う幸せ。自分は除外である。
終えた義務教育に寂しさを感じたのは、既に危惧する将来への不安であろう。
校庭の二宮金次郎像に自分は恵まれているもの、と言い聞かす。
高校を卒業し、就職した時点で祖母は扶養家族になる。観念は、当然と現実を受け止めた。
事実、自分は幸福だったのかも知れない。困らせる親なら、今さら欲しくはなかろう。
一度しかない、と言われている人生に並列走行は、3次元の世界に存在を許さない。
幸福が一次関数とは限らず、切片がマイナスの人間もいる。一応の正は、恵みと知る。
では傾きはどうなのか。高周波ビームも、強大な磁力に捻じ曲げられるブラウン管なのだ。
自分には青年のような、漁師の世襲もなければ画家を志す才能さえ、傍観するのみである。
語り手である「私」を通して、物語は感傷と力説に終始する。
その昔、栄華を誇った漁業も岩内だけではない。あらゆる漁港に、春は遠のいた。
「私」が書く青年の体験は、どこまで実体験なのか。ディテールを認めるのか。
釣りを趣味のひとつにした自分は、遊漁船の受ける波を知る機会に恵まれる。
高低差3mの波を凪と言う漁師、老人にどんな壮絶があったのか。
荒削りの才能で描いた絵で将来を夢見る、小柄な青年はやがて逞しさを携える。
「岩内に漁師は多いども腕ぢからにかけてオラに叶うものは一人だっていねえ。」
伸び伸びとしたものが描かれてあるスケッチブックは、生きることの凄まじさを
脇に置いて共存する現実である。未だに、描きたい気持ちが根底にあった。
たいして障害もなく文学者となった「私」は今、必然のみが走り、ペンは追随できない。
「軽い陣痛のようなものは時々、起こりはしたが」と記す作者と自分は、本当の
陣痛を知ることは生涯、あり得ない。凄まじい苦しみの後ろに喜びがあることも。
諸行無常の束縛に、あらためて自分に問いかける。世襲とは何ぞや。
「君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに、正しく、力強く、
永久の春が微笑めよかし…僕はただそう心から祈る。」と閉めた文に、形だけ本を閉じる。
得心は行かず、読み物として文壇が評価しようが、自分は欲求不満を積み残す。
自分の恣意か、陥れられたのか。すべての人間、平等に春など来ないのである。
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2008年04月18日
「樅の木は残った」(下巻)
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No.00084

原田甲斐に恨みを持つ久兵衛は、甲斐に向けず「くびじろ」を撃つ。
あとをつけておきながら、銃口の先は甲斐ではなかった。
理不尽にも久兵衛を責めるほど甲斐、胸のうちや治まらず。ああ宿敵の最期よ。
時を今、と老中久世大和守広之を訪ねる原田甲斐、
献上の葡萄酒を携え、あくまでも浪人、八十島主計と名乗る。
無論、久世大和守は八十島主計の名も旧知であった。
当代十善人のお一人、と原田甲斐の根回しは思わぬ結末に向かう。
無法に刑殺、闇討ち、置毒。流れた無益の血は、おびただしい数に及ぶ。
仕える心で身をやつした者、身を売った者。家臣のみならず女さえ、地獄を耐えた。
原田甲斐の人格に、命さえ投げ打った者も少なくない。誰も原田甲斐を疑わぬ。
何よりも耐え忍んでいたのは、心を殺した原田甲斐自身だったのかも知れない。
壮大な計画を知った大老酒井雅楽頭に、激しい怒りがこみ上げる。
11年もの間、己を騙し続けた原田甲斐め。鋭い双眸、額を赤く染める。
評定の控、雅楽頭の家臣5人が座敷へ入ると抜刀、目を閉じていた原田甲斐の右肩に。
殴られたような衝撃、二の太刀は脇腹に火のような痛みを与えた。
聴力の遠くなった今、瀕死の「くびじろ」が見えた。雪けむりを上げて悲鳴を。
斬られ、耐える伊達安芸に近づき、原田甲斐は声を絞る。
「これは酒井家の方々ではない。私が乱心してやったことに…」
雅楽頭の敗北宣言であり、仙台藩の安泰を勝ち得る最期の一矢を報いた、と。
掲題により唯一残された物の名から、結末など想像に容易である。
しかしながら、予測を信じたくない読者は、自分だけではなかったはずだ。
原田甲斐の愛した樅の木、残された宇乃に面影が語る。
文豪の文学的仮説を信じたいが、歴史の記録は真実を異にした。
元治3年、藩主逼塞のお達しから11年、大老酒井雅楽頭忠清邸にて仰ぐ裁定、
召喚された伊達安芸宗重に原田甲斐宗輔が斬り付けた。世に言う、寛文事件である。
伊達安芸宗重は慙死、柴田外記意朝も刀傷が元、その日のうちに命を落とす。
蜂谷六左衛門可広、古内志摩義如も深手を負うことになった。
そして乱心者と伝え知る、原田甲斐宗輔がその場で討ち取られ、と記録される。
館は闕所、一族みな切腹。家老も殉じて腹を切る。
講釈師の千篇一律。幕開けは善人の阿鼻叫喚、悪人の奸佞邪知。濁流とうとうと流れ。
邪悪の栄え、久しからずや。誠実をもって栄える幕引き。はてさて、済むものか。
伝承の史実に、異論を唱えてまで正当化したい原田甲斐宗輔の誠実。
そう思う主観の愚かさよ、敢えて批判を甘受しようではないか。
自分を興奮させた計1,321ページ、最後はとめどない涙で下巻を置いた。
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2008年04月17日
「樅の木は残った」(中巻)
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No.00083

阿武隈川の流れを眺めることができる山小屋に、原田甲斐がいた。
暗い山小屋の中、炉が照らし出す彼は精悍。今、弓の千段を巻いている。
籐を、斜め十字なりに巻く。それを緊め、また十字なりに巻く。
巧みな手つき、弛緩した空気に、それを続ける。
甲斐はふと、手を止め顔を上げた。
木の枝から落ちる雪の音を聞き、人の気配を認める。
そこに置いてある山刀を見、じっと外を聞く。
くすくすと忍び笑いと共に、3人の娘らが入ってきた。
手籠、角樽そして重箱の包みなどを携えている。
古びた毛せんを広げ、重箱を並べた。
取り出した燗鍋や盃に箸、手まめに酒の支度を始めるのである。
どうやら原田甲斐は、ここでも人気者らしい。
いつの時代も同じか、娘たちは互いに話を弾ませる。
自分たちの恋バナ、冷やかし合って楽しげに。
やがて見た、という「くびじろ」の話。
原田甲斐の目が光る。15歳にもなる鹿であった。猪や熊さえ敵わぬ。
万治3年の事件、すべてはそこから始まっていた。
藩主を吉原通いにさせ、こじつけた名目で逼塞(ひっそく)とする。
遊蕩を勧めた4人の藩士を上意討ち、として口を封じた。
藩の領地内で、境界争いを蜂起させ伊達兵部が解決する筋書き。
老中酒井雅楽頭忠清(さかいうたのかみ)と
藩主一族、伊達兵部少輔宗勝の密約は、伊達家62万石の分断であった。
歌舞伎の定番、「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」は
仙台藩お家騒動の若君毒殺疑惑を題材にし、涙を誘う。
「くびじろ」と原田甲斐には、戦ってきた歴史があった。
逃げようとせず、こちらを伺う。その距離、およそ7間(約13m)である。
息を詰め、その大鹿を睨み、弓を掴んだ。右肢を半ば上げたまま、こちらを見ている。
吹き付ける吹雪が、くびじろの姿を淡くしたり濃くしたり。斑毛、みるみる積もる雪。
突如、くびじろの肢元から雪けむり。頭を下げて跳躍、雪しぶきは後ろへ激しく。
甲斐は左、雪を被った笹の上に身を投げ出した。雪けむりに包まれる甲斐。
その身体とすれすれ、大角が掠過。鹿、特有の体臭を後に残す。
跳ね起き、拾う弓。矢を抜いて弓をつがえる。
五、六間(9mから11m)の位置、既に大鹿がこちらへ向き直っていた。
しきり、顔にかかる雪を払う隙などない。甲斐は、ゆっくりと弓を絞る。
首を振りやめた大鹿の鼻息、白く凍り敵意を表白するか、のように。
弓弦が音を立てて切れ、次の瞬間に甲斐が見たのは、襲い掛かる巨体と大角であった。
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2008年04月16日
「樅の木は残った」
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No.00082

年を取れば段々、自分に気乗りしないことを人様に勧めなくなる。
自分が勧められたら、自殺したくなるくらい嫌だからである。
と、言う訳で人様に小説を勧めない。
読みたいから読む、のであって決して受動的であってはいけないのだ。
「この本、知ってます?」はいはい、知りませんですことよ。
「これ、お勧めです。絶対、読んでくださいね。」死んでもいい?
必要なノウハウ本なら、共通話題として学びたい。
しかし小説やら何やらいちいち全部、知るものか。本屋さんじゃあるまいし。
そもそも本の数って、女の数より多いんだぞ。
さもなければ、今頃とっくに再婚相手が決まってらぁ。
こんなに読んでも、まだ「嫁にもらってください」の一言が来ないのだ。
と、いう訳ですから読まなくでもいいです、こんな本なんか。
歴史は原田甲斐宗輔を、伊達騒動の首謀者として伝え残した。
神のみぞ知る領域に、一夜漬け的試験勉強の暗記方法なら疑問符も浮かぶまい。
文豪、山本周五郎氏は史実を伝承の歪み、と捕らえ是正を試みたのか、
それとも、創作意欲を満たすためだけの娼婦として見ていたのか…
いずれにせよ、現時点で原田甲斐はおろか、山本周五郎氏さえ
永遠に話してくれることはない。我々に残された自由は、無責任な選択のみである。
四代将軍家綱の時代、万治3年から物語は滑り出した。
後々まで、この年号が本書を支配する。
老中酒井雅楽頭忠清(さかいうたのかみ)の邸へ呼び出される、伊達家の重鎮たち。
仙台藩主伊達陸奥守綱宗を不作法として、逼塞(ひっそく)に命ずる。
付け加えられたのは小石川掘の普請を続けること、のみであった。
譴責を平たく言えば、無期限自宅謹慎である。請負工事費用だけは、出せと。
江戸の吉原、つまりソープランド通いがバレているぞ、藩主のくせに。
堅物を吉原遊びに引き込んだ、とされる藩士4人が上意討ち、となる。
すべては藩主一族、伊達兵部と酒井雅楽守の密約であった。
浅黒く温和な顔立ち、六尺近い背丈の原田甲斐の目から顛末が記される。
首謀者が誰であろう分からぬまでは、和して同ぜず。
自らの催す定例、「朝粥の会」でも決して意見を出さず、情報収集の場とした。
上意討ちされた藩士の子ら、ひそかに養う。さなか多情の妻を離縁する。
そして原田甲斐の視線は、蔵王の稜線に向けられた。
だから、言ったでしょ?ヒトの読んだ本なんて、おもしろくないって。
この続きなんか、絶対に書かないからね。
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2008年04月08日
「シッダールタ」
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No.00074

掲題はドイツの誇る抒情詩人、ヘルマン・ヘッセの作品名である。
作風とは、作者の人間性を反映させるものらしい。
この文章の筆者も、おそらく情緒不安定なのであろう。取りとめがない。
もちろん、ヘルマン・ヘッセは違った。あっちはノーベル賞作家である。
ヘッセの文学はストイックである。
自身が牧師の子、として生を受けて神学校に進んだ経緯がある。
作品は第一次大戦の停戦後、書き始められた。
彼は反戦家として、非戦論者の姿勢を崩さなかったようだ。
インド思想に長年、傾倒したヘッセは作品に、釈迦の名を用いて執筆した。
「成就したもの」を意味するシッドハと「目的」の意、アールトハの
合成語とも言われるものらしい。
戦時中、具現化する構想が練られていたのであろうか。
作品の中で、悟りに達するまでの求道者として、体験の奥義を追及している。
涅槃に入る釈迦の教えを説いてみたり、
釈迦を賛美するような作品ではない。
ヘッセ自身の宗教的体験の告白なのだ。
生涯をかけて米を作るのも、人生。
米を作る人たちの影で支えるのも、人生。
米を与えてくれた者に終生、尽くすのも人生。
米だけでは生きては行かれぬ。米を売って、金銭を得るのも人生。
自分は、サラリーマン時代のほとんどを、営業職として過ごした。
営業職にとって政治と宗教は、禁忌的話題である。
せっかく築いた信頼関係も、選挙前に崩れやすい。
顧客の推進する政党に、意見は無用なのだ。
同様、宗教の勧誘も困ってしまう。
「なるほど、それはそうと…」
などと、話題を変える。はなから、ろくに聞いてやしないのだ。
豚肉が苦手です、なんて言わない。回教徒であることが、バレるではないか。
友人に僧侶がいる。
とてもいいヤツなんだが酒癖、ちとよろしくない。
年末に、珍しくメールの返事が遅かった。
クリスマスパーティの幹事をしていて、多忙を極めたらしい。
イワシの頭を信じようが、知ったことではない。邪魔をするつもりなど、毛頭ないのだ。
この作品には強制的な宗教色がない。苦行の美しさを感じる自分の無責任さ。
ヘッセは「シッダールタ」の執筆に、自身の苦悩を映し出したのかも知れない。
何かを頑張ったことがあっただろうか、自分には誇れるものさえ何もない。
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2008年04月06日
「あるいは酒でいっぱいの海」
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No.00072

化学が好きな俺は、教師からの信頼を得ることができた。
放課後いつも化学実験室で、様々な実験を試みる。ある日、
とんでもないものを作ってしまった。酸素からヘリウムを取り出す薬なのだ。
O16を元素転換して、その中から2個のヘリウム原子を取り出す。
日本にはヘリウムがない。これは、アクアラング製作を業とする父が喜ぶぞ。
「とんでもないものを、作ったな。」父の喜びよう、と言ったら案の定。
ヘリウム混合酸素は、潜水病を防ぐ。
大量生産に、明日から着手するつもりらしい。
翌日、父は俺の作った薬を持って海にでかけた。
俺は放課後、化学実験室で昨日と同じものを作った。
そしてうっかり、その薬を落としてしまった。
テーブルの下には、水が一杯のバケツがある。
たちまち、ゴボゴボと泡立つバケツ。すごい勢いである。
ちょっと、おかしいな。俺は首を傾げる。
ヘリウムが発生するだけで、こんなに沸き立つものなのか。
もう一度、薬の効果を確かめて、俺は驚いてしまった。
ヘリウム原子が飛び出したあとのO16が、なんとC12になっていたのだ。
俺の作った薬は、酸素を急激に変える触媒の役目を果たす。
大量生産の必要なんて、まったくない。いくらでも、連鎖反応を起こすのだ。
父から電話。持ち出した薬を、海にうっかり落としたらしい。
海面全体が、ボコボコと沸き返ったようで、父は動転している。
やっと気づいた。
海水はH2O、NaClやMgClで、できているのだ。
その中のO16がC12になれば、C2H5OHになる。酒だ。
世界中の海が酒になる。にがりの利いた辛口の酒。
海だけではない。川にも、つながっている。
世界中の水に、つながっているではないか。
事の重大さに顔面蒼白、俺は…
教師に「CO+2Fe→」は?などと、問題を出していた自分であった。
「答えはコーヒーが、できます。」などと、しょうもない。
筒井康隆氏の書かれた「あるいは酒でいっぱいの海」を読んだ高校生の頃、
酒に興味など、なかった。
大人になり、ショットバーで端から順にオーダーしたことがある。
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2008年03月19日
「変身」
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No.00054

「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目を覚ますと、
自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した…」
抜粋させていただいたが、冒頭の二行で全容が見えてくる、と思う。
現実逃避を正当化していた頃のアニメ作家、のような手法みたく感じるかも知れない。
非現実性を本、全体に染み込ませるペーパークロマトグラフィーのようなものではなく、
その部分以外を現実的な、ありふれた日常に設定することが真のSF文学である、と
自分は定義付けたい。そして、この小説は紛れもないSF小説なのだ。
プラハの富裕な商人の息子として生まれた、フランツ・カフカはユダヤ人であった。
故郷をなくした子孫、であるという史実が彼の文学に脈流をなしているように、自分は感じる。
商売に忙殺される両親は、カフカと過ごす時間を惜しんだようだ。
作者の幼年期は、寂しさの中で形成された。
ところで、昨日の夕方に家を出た。捜索願提出の対象になる行動ではない。
数日間、閉じこもっていただけである。快い散歩を伴って、小さなスーパーに入る。
もちろん何も、買わない。
強いて言えば客がたくさん入っているエキストラの一人、なのであって
頼まれもしない、無報酬のサクラなのであった。
餃子が10円くらいになっていたら買ってもよかったが、でかでかと「国産」の文字が
値段を押し上げているような軽いめまいを感じ、予定通り店を出た。
実は、外出の目的は他にあり、発泡スチロールの箱が欲しかったのだ。
スーパーの近くに、若い夫婦が営む店がある。
小さな店舗、夫が魚を売り妻が野菜を売る、ほほえましくも羨ましい光景が見られる。
胡瓜とキャベツを買った。要らないものでも、つい買ってあげたくなる店なのである。
胡瓜は熱帯魚、セイルフィンプレコのゴン太が好物である。
余ったら自分もいただけるよう、ゴン太に交渉してみよう。
もちろん発泡スチロールの箱は、気持ちよく分けてもらえた。
「かぐや姫」の名曲に、キャベツばかりを齧っていた生活の描写がある。
自分は、キャベツも好物であり中でも、芯の部分に対する思い入れはかなりのものである。
焼き鳥や焼肉(順番で経済状態がばれるが、)に行っても、必ず芯の部分をリクエストする。
キャベツは、お好み焼きにも野菜炒めにも使え、
交互に敷いた上にホタテとか海老を載せると、水も不要に出来上がる。
もちろんコンソメパウダーを忘れない。
このキャベツ、プレーンタイプでも食べられる。
焼き鳥のタレや焼肉のタレ、塩でもいける。ビールが進むのだ。
しばらく、私は青虫と化す。
キャベツ1玉など、独居中年には一朝一夕で手に負えるものではないのである。
表札を当分、グレゴール・ザムザにしようか、とも考えたが文字数の関係上、断念。
妹はグレゴール・ザムザの姿を見た時、それが兄であることを受け入れた。
自分は、今の自分を受け入れているのであろうか。
モラトリアム期間だ、などと詭弁がいつまで通用するのであろう。
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2008年03月01日
「ならぬ堪忍」
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「堪忍できん。そこに直れ。」亡き祖父の口癖であった。
少し低めの背丈、引き締まった肉体。男前であったが、
短気も程がある。祖父母に育てられた自分だ。
日常、祖父の怒りを買うこと、しばしば。
兎にも角にも、いきなりなのである。
殆んどは誤解であり、子供の自分には訳がわからない。
猫っ可愛がりの直後に、激怒。
死語の比喩で、瞬間湯沸かし器というのがあったが。
「おじいちゃん、ごめんなさい。」も、
祖父の前で無力である。
やがて成長と共に、避ける術を身に付けた。
ピキッと金属音が聞こえたら、即座に障子を倒して、裸足で飛び出す。逃げろや、逃げろ。
中学で始まる、英語の授業だが教科書を見て激怒。
戦後も既に、昭和50年。「毛唐の言葉」も、ないものである。
堪忍の心など、どこにもない。しかし自分は、祖父を愛したのだろう。
職務も遅くなった帰り、車中のラジオで朗読が始まる。2年ほど、以前の話だ。
「堪忍ならぬというと、どうするのだ。」
「このまま生きてはおられません。重助を討ち果たすか、それともこちらが討たれるか、
どっちかに形をつけなければ、私の面目が、どうしてもたたぬ場合なのです。」
「つまり果し合いをするというのだな。」
上森又十郎は初めて甥の顔を見た。
「できるだけ、堪忍したうえのことです、これ以上は臆病者の謗りを受けます。」
頭脳明敏、仲間内にも一目おかれていた。乱暴者の相手にどうやら些細なものらしい。
「侍の命は一度、主君に捧げたものだ。それを御馬前の役にも立たないで、
私事のために捨てるというのは道に外れている。」と諭したものの、
憤怒、収まりそうにない。
「これだけ申しても思い止まれない、のなら仕方がない。
厳秘のことであるが、ここ半年か一年のうちに戦が起こりそうなのだ。」
果し合いの場へ、勇んで行くどころか侘びては辱しめられる。
噂が広まり、臆病と評された。信念を持てば痛痒に値せず、
むしろ乗馬に槍、打ち太刀と修練に余念がない。
やがて家中の見方も変わる。噂は無責任なものなのだ。
やがて天下の泰平、曇りもない。問い質そう、とする。
「あの時、お前はどうしても堪忍ならぬ、と言った。
それが戦があるぞ、と聞いただけで土下座までして果し合いを取り消した。
つまりなる『なる堪忍』だったのだ。
侍には御奉公の他に『ならぬ堪忍』などということはないものだ。」
唇を噛み、頭を垂れる甥に続けた。
「相手を切れば、おまえも切腹しなければならぬ。
勝っても負けても、今日おまえは生きてはいられなかったのだ。
繰り返して言うが、武士に御奉公の他に捨てるべき命はないのだぞ。」
わずか4ページの記載である。ラジオ番組の朗読に適していた。
自分が翌日、書店に赴いたのは言うまでもない。
爾来、山本周五郎に傾倒しているが、もうしばらく続くような気がする。
←「初心者の悪あがき」 ポチッ♪と、ご協力いただければ幸いです2008年02月27日
「クヌルプ」
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最も著名な「車輪の下」や「デミアン」「シッダールタ」なども含め、ヘルマン・ヘッセの作品は長じて主人公を、アウトサイダーに仕立て上げる。
成績優秀な生徒が、やがて道を踏み外す。
たわいもないことに、踏み外す。
それは、決して悪の道に堕ちるのではない。
成長と共に、生きる方向性を見失っていくのだ。
よけいに、始末が悪い。
富や名声を得ることなく、
路傍の石として世に埋もれていく。
牧師の家庭に生を受け、神学校へ進んだ作者。
内なる発熱物は、やがて静かに燃え始める。
その熱量変化が、ペンに伝わり続けた。
人々に愛され、至る所に友がいるクヌルプ。彼の出奔は失恋という、ありふれたつまづきであった。これを乗り越えることが、人間形成の試練だ。そして、その一つに過ぎない。
流れ者の職人にしかなれず、転々とする。訪れると誰もが、歓迎した。
そして、引き止めるのを聞かず、出て行く。
ちょうど今の季節であったであろう。
雪の中を彷徨い歩くクヌルプ。
我が人生を振り返り、神と対話する。
「じゃ、もう何も嘆くことはないのだね?」
「もう、何もありません。」
クヌルプは自身が、幸福であったことを神に答えた。
雪が重く両手に積もっているのを感じて、ふるい落とそうと思ったが、
眠ろうとする意思が、心の中のほかのどんな意志よりも、もう強くなっていた。
作者が執筆していた頃の欧州情勢、決して穏やかなものではない。
しかし作品には、不協和音として反映させていない。
自分が生まれた4ヶ月後にヘルマン・ヘッセは、この世を去った。
←「初心者の悪あがき」 ポチッ♪と、ご協力いただければ幸いです2008年02月25日
「異邦人」
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常識理論が、またその具象が通用しない人間。残念ながら必ずや、存在する。
「異邦人」が追及した不条理の認識。
フランス文学が誇るアルベール・カミュの傑作である、
と自分は評価する。
届いた電報に、母の死を知る。
老人ホームからの電報が私に届いた。
文面からは死亡日が分からない。今日なのか昨日なのか。
そして私は、それを確定しなければ気が済まないのか、どうか。
既に蓋をしてある棺桶を、門衛が「ネジを外そうか。」と聞く。
私は不要、と答えた。誤解のまま、門衛は同情する態度をとる。
しかし、門衛の想像するような感情を、私は抱いていたのだろうか。
母の友人だったらしい女性だけが、いつまでも泣いていた。
友人そして女性が絡む。私は友人のピストルで、アラビア人に5発の銃弾を放った。
辣腕振りを誇示しようとする弁護士。対して検事も職務を遂行する。「陪審員の方々。母の死の翌日、この男は海水浴に出掛け、女性と不真面目な関係を持ち、喜劇映画を見て笑って過ごしたのです。これ以上、あなた方に申すことはありません。」と。
裁判長の問い、殺害動機に私は答えた。「それは、太陽のせいだ。」
「あなたは何の希望も持たず、完全に死んでゆくと考えながら、生きているのですか。」と
司祭が問う。私は答えた。「そうです。」
まるで傍観者のごとく沈着していた私。大勢の傍聴人や証人たちが騒がしい。
処刑に際し、自分は幸福であった。残る望みは、大勢の憎悪が私を迎えることだけだ。
この作品を正当評価していることが、自分が倒錯していない証明なのだろう。
いやまだ、事足りぬ。精神病患者は叫ぶらしい。「助けてくれ。ここは狂っている。」と。
喉を痛めているので今日、窓から叫ぶことは踏みとどまる、ことにした。
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キャバクラ嬢
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キャバクラに行ってきた。最近では、ない。10年以上も前のことである。同業他社に友人が多かった。その同業他社、友人に誘われ数人で行った。
キャンパス・クラブの略である、とか聞いた。別の人間からは、キャバレー・クラブの略、とか。どっちなのか。自分には、どうでも良かった。今も、同じ気持ちである。
入店時にホステスを指名した友人が、常連であることは想像に容易であり、私を接待的見地で誘ったことも感じた。キャンパス・クラブと言うだけあって、女子大生と称するに素人が疑わない年齢層のホステスが、大量に店内で見受けられた。私は、友人の指名した女性どころか、私の横に座位、職務をまっとうしようとする女性のタイプすら記憶していない。それは10余年の歳月が記憶を風化させたのではなく、その店を後にした瞬間、既に忘却の対象になってしまったような気がする。
その女性に、専攻を尋ねて文学部であることを聞き、胸が躍ったような記憶がある。しかし、その寿命は短く、ドストエフスキーもヘミングウェイ、そして太宰治さえも二人の共通語ではなかったのだ。自分の落胆は、推して知るべしであろう。
最後の砦は、文学部の大学生が印象に残るアンケートに毎年、上位に君臨する不朽の名作「こころ」であった。果たして彼女に、友人Kの信仰心を会話の対象とする以前に、夏目漱石自体が興味の対象から外されていた。
今、思えば彼女が文学部であることの真偽を考えるような娯楽施設ではなかった。それ以前に、文学の話をしようとすること自体が、その娯楽施設に不似合いなのである。が、遊び方の下手な自分には、それすら認識されていない。
無粋な、この男は楽しく働かなければならないはずの職場を、野暮にも時間の過ぎ行くことを心待ちにさせてしまったようである。まるで、炎天下の強制的肉体労働者が「お日さん、西へ。西へ。」と願っているか、のように。もっとも強制かどうかは、論点から外したとしても彼女たちの少なからずは、肉体労働者であった。自分が労働現場を知らない、だけである。
その後、彼女が話題づくりに努めてくれたようであるが、取引相場のようには読めず、兎にも角にも流行の相場には疎いのであるからミニスカートのお嬢さんに、自分が共存できる気体など、その空間における大気中には存在しなかったのだ。
「高尚なんですね。」と言われたことが、とても寂しく感じた。映像より文章を好み、流行り歌よりクラシック音楽を好む自分は、決して高尚なのではなく、領域の言語で表現すれば、至って下賤な、浅ましい凡夫を逸脱できていない。
本を読むことは偉いのではなく、単なる趣向に過ぎない。そして、ここは酒場なのである。盛り場なのだ。認識しなければ、ならない。自分は、その場を気まずくしないよう、精一杯を試みた彼女の努力を評価することにした。
過日、とある寿司店の板前さんに「多趣味なんですね。」と評していただいた。ゴルフもスキーも経験がないが森羅万象、いろんなことに興味があることは事実である。その板前さんは整った顔立ちで、会話も上手であった。うっとおしい客も、巧みにあしらうのであろう。きっと自分なんかと違って、女性の扱いも的確なのであろう。その板前さんの奥様を存じ上げているが、幸福の享受が満面、にじみ出た方である。
現在、キャバクラと言うものがまだ存在するのか知らない。あの時のホステスさんも今頃、どこかの空の下、生きることを頑張っているのでしょうな。
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「日日平安」
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成人した頃のことである。キャッチボールで逸れた玉を、子供が追う。拾って投げてやる。ドラマのワンシーンとして、よく見る光景であった。予期せぬ「おっちゃん、ありがとう。」の言葉に驚いた。「おばちゃん、じゃなくておねえちゃんでしょ。」などと耳にすることがある。少しばかり意味合いが違う、のかも知れない。違法ではあるが、定期券購入申請時に年齢を鯖読みして記入する例が多いらしい。微笑を禁じ得ない。自分には実害がないため、であろう。それを実行する女性が、可愛く思えるのは自分だけではないはずだ。
子供にとって、20歳がもうおっちゃんなのだ。過去の記憶を引き出してみる。就学時、6年生が大人に見えた。6年生に成長した時、革靴を履いた高校生がサラリーマンと同じように思えた。大人なんだから、おっちゃんでも仕方がないか。甘受する自分に、心の大人を納得させた。
今は違う。どっからみてもおっちゃんなのだ。人生を半分以上、浪費したオヤジなのだ。
多岐多端な道を歩み、横道に逸れて引き返したり人の言うことを聞かず信じた道が、やっぱり違っていたり。たぶん、元の街道に戻れはしないだろう。あがいていた頃が、愛おしくさえ思える。
過激に働いていた頃、守りに入る上司を非難したものだ。今では自分、守りに入る行動すらしていない。無防備に生き永らえるのみ、である。世界情勢どころか株価さえ気にならなくなった。年を取ると耳が遠くなるのは、嫌なことを聞きたくない自己防衛らしい。視力が衰えるのも同様、嫌なことが見えなくなるように、と聞いたことがある。人間の愚かさから起こる事件、憤慨の種は尽きない。
食い詰め浪人が切腹をしよう、としていた。通り掛った十郎太は、それどころではない。介錯を依頼され、「切腹するなら、早くしろ。」と言わんばかり。狂言なのであるから、止めて欲しいのである。訳を聞いて、いくばくかの恵みに預かろう、としていた。
人には運不運があろう。本当に生きていたい、のなら智恵を絞ればいい。ある意味、お気楽である。
今日は、安穏とした日差しを感じる。窓際に座し、書物に過ぎ行く時間を任せる。日日平安。もう一度、くしゃみをしたら立ち上がることにしよう。
←「初心者の悪あがき」 ポチッ♪と、ご協力いただければ幸いです2008年02月10日
「敵」
高校2年生の時だった。先輩の家に寄せていただき、世にも汚い部屋を見た。足の踏み入れ場がない、とはこのことだ、と思った。いろんな物が散らばっている。大学の案内冊子やら菓子の袋、空き缶に自転車の部品。文庫本の開いたの閉じたの、破れたカバーなど主を見失っていたりする。粗末に扱うなら、どうせ要らないだろうとねだれば、勝手に持って行け、と言う。その中、「俗物図鑑」があった。こうして、今でも尊敬して止まない筒井康隆氏の作品に出会った。もちろん面識もないし、接点は作品だけであり、単なる読者の域を超えない。晩生の自分もそろそろ性に対し、人並みの興味が湧き始めた頃にふざけた性描写は、十分に刺激的であった。しかし、それ以上に文学作品として高く評価した自分がいた。
自分は今、本を借りるのが好きではない。就学時より図書室へ入り浸りであったが、今は専ら買って読むことにしている。元来、マイペースなのだろう。都合で読み進めたいし、何度も紐解くことが幸せである。
4年ほど前になる。「敵」という文庫本を、書店で見つけた。彼の本は、ほとんど読んだつもりでいるから見たことのない題名に、購買意欲を刺激させられる。こうやって傾倒する作家の本が増えていくのだが。
大学教授を引退した75歳の主人公。妻は先立ち、残された時間を自身で想定した時間割を実行する。小説には、食事を始め生活の具体性も告げられる。身の回りを自力で解決できる老人だ。今の生活、自分に多大な影響を与えた小説であろう。年齢こそ違え、独居中年の自分は掃除洗濯を自力、食事の用意で悩むことはない。多方面に興味のみ、存在する。身体の老化も認めざるを得ず、今さら花を咲かせようなどと思わない。身の程をわきまえれば、十分に幸福なのだ。作者本人は自分より高齢ながら、多方面に活躍中のご様子。器が違うのだ。
後で知ったが、実は作品との出会い、もっと以前である。まだ小学生の頃、NHKで放映された「タイム・トラベラー」が楽しみであった。「時をかける少女」の続編がドラマ化されたものだ。続編を含め、原作を読んだのは中学生になってからである。そして今、時をかみしめる中年になった。
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仙人
昼間、近くの山を散策してきた。途中、老夫婦にすれ違う。当方の思い込みで夫婦、と断定したが確かめた訳ではない。兄妹または姉弟かも知れないし、近所の馴染みかも知れない。登りの自分が、脇にそれて道を譲る。山道なので手をつないで降りてきた訳ではないが、もしかしたら恋人同士かも知れなければ愛人関係なのかも知れない。しかし、こういう場合、老夫婦と決め付けていた方が自分にとって平和なのである。会釈して通る、二人。女性の方は赤い木の実が付いた枝などを、手にしていた。持ち帰り飾る風景など、想像するに心が和む。残っている雪や、もやの中に日常と違ったものを感じて一人、悦に入る。松に生えたキノコを見つけた。幹の左右に、いくらかの感覚を保ちながら生えている。電柱に付いている、足を乗せるところのようだ。これを登れば天に近づくのかも知れない。
芥川龍之介の「仙人」を思い出した。打算的である医師の妻が、20年も権助を奉公させた。仙人にして欲しい、という。約束の履行を迫られると、権助を庭の松に登らせる。高い梢で、身体を支える両の手を離すよう命じた。木から離れた権助の身体は、落ちずに浮いてしまうのである。権助は青空を踏み、高く昇って仙人になったのであった。
このキノコを足掛かりと、し登ってみる。上の方まで登ってきた時に手を離してみよう。刹那、上昇気流を身体に受けて身体がふうわり。さて20年どころか、滅私奉公さえ記憶にない自分に気付き、一笑のもと散策を続けることにした。
10数羽のメジロが枝から枝へ、と飛び交う。これだけの数を間近にしたのは、初めての経験であった。もちろん、一箇所にとどまってくれるはずもなく、まして整列してくれる訳がない。腕白な保育園児たちがじっとしてくれなければ、記念撮影するカメラマンも大変であろう。持っていた携帯電話のカメラで、その1羽さえも撮影できる技術など持ち合わせていない。もちろん努力もしない。ただ眺めて、口元をほころばせるのが関の山。どうやら、まだまだ仙人には成れそうもない。
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