営業部第三課(美術)

2008年05月23日

立杭焼ギャラリー

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No.00119

割ったら高いんでしょうね、これ!・・・え、いいんですか?















サラリーマン時代、営業職であった。現在も交渉ごとが本業だから、営業職には違いない。
新年会だの、忘年会だの。月の終わりに打ち上げだの、バラクーダじゃあるまいし。
大しておいしくなくても、いろんな品が並んで皆で談笑、楽しいはず。
上司は口先だけの無礼講宣言。真に受けた部下を土下座させるな、興醒めである。

「イカはやっぱり造りがいいな。」「課長、ホントですね。これも課長の采配のお陰です。」
口も粘らぬ紋甲イカで美味い、と言うな。釣ったばかりの剣先イカ、口に入れたら驚くぞ。
だから、ビールを継ぎ足すな。バカ女、逆手じゃ。わさびを醤油に溶かすな、ジジイ。
苦痛極まりない、気分転換。上司のストレス、部下に来る。エネルギー保存の法則。

在宅勤務は、お気楽稼業。クライアントの身勝手、右から左へ受け流す。
メールと携帯電話で済む仕事も、味気ない。たまに外出、熱弁ふるう。講義料は?
みんな悠々自適、と思っているけど食費よりガソリン代の方が高いのである。
1度の満タン、1万円札でお釣りは硬貨。こんな世の中、誰がした。

自宅から1時間くらいの場所に、立杭焼のギャラリーがある。何度も行った。
鎌倉時代とも言われる由緒ある、丹波の立杭焼だ。別に詳しい訳じゃない。
無礼講もなければ、能無し課長も、花婿探しのミニスカートもいりませぬ。
一人気楽に、丹波路走行。ガソリン代だけ、口惜しい。気分転換、ただでは行けぬ。

焼き物のギャラリーで、事前に撮影許可を願い出る。断られたことはない。
断られたら引き下がる。理論ではない。迷惑行為は信条じゃない。
趣旨など知らぬが座敷に飾り、掛け軸などが置いてある。撮影するなら、ここだろう。
センスがないから、この程度。大きな土瓶に何、入れる?

やっぱり見ものは茶碗、最初に目がいく。これで点てたら、美味かろう。
こっちの茶碗は、色合いがいい。そして気が付く、3万円。触らぬ神に祟りなし。
花器もいいじゃないか。渋いね、まったく。派手な花には、好都合だよ。
おっと箸置き、ずらっと並んで風情があるね。お、ふくろう。お、あっちにも。

小粋じゃないか、酒徳利。これで注ぎたい、吟醸酒。おまえさん、江戸っ子だってね。
喰いねェ、喰いねェ、寿司、喰いねぇ。飲みねェ、飲みねェ。するってェと何かい。
次郎長ってのは、そんなに有名かい。そうかい、そうかい、寿司、喰いねェ。
やっぱり、子分なんぞも有名なんだろうねェ。…いけね。店員が、こっちを見てらァ。

笑われてしまった、一人芝居。人がいたこと、忘れてた。
平日のギャラリー、人も来ぬ。机のパソコン、店員さんが何やら、カチャカチャ。
おおかた、ブログでも作っているのだろう。今日、変な中年が来ました、とか。
丹波茶が置いてあったから、それを買う。お茶と財布が、質量保存の法則。

登り窯の物と、ガス釜の廉価な物が違っていて当たり前。
自分には青九谷と赤九谷の違いさえ、まだ分からぬ。誰だ、フルイマリって言ったの。
灰被りの素朴な色合い、自分は好きである。柿右衛門様、ごめんなさい。
窓を開けて、帰る丹波路、風が涼しい。髪が乱れようが、世の中、乱れようが。




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2008年05月18日

「あのころの風景」

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No.00114

あの遠い日の7つの季節は…いつまでも私の中から…














徒歩圏内に本家があって、訪ねることも頻繁であった幼少時代。
長男は母と同じ年齢だが、昔は子沢山も珍しくない。
母の従兄弟になる存在なのだが、女性が多かった本家であった。
一番下のK姉ちゃんは、5歳上であったがよく遊んでくれたように思う。

K姉ちゃんが高校を卒業した時に、中学2年生になった自分だが、
いろんなことを話してくれたし、たぶん喧嘩もしたんだろう。
自分が小学生の頃は、K姉ちゃんの上や、さらにその上が本家にいた。
もっと上の人は巣立っていて、お姉さんばかりが住んでいた時期である。

記憶の断片に、少女マンガがあった。女ばかりであるから、1冊も効率がいい。
さらには自分に回ってくるから、アーモンドグリコより熱効率のいい商品なのだ。
「りぼん」「なかよし」「マーガレット」「少女フレンド」…後者2種は別冊もあり、
「別マ」「別フレ」とやら、呼んでいたようである。もちろん、自分も欠かさない。

なかでも、土田よしこ氏、赤座ひではる氏、陸奥A子氏の「りぼん」は珠玉であった。
後に一条ゆかり氏や萩尾望都氏にも傾倒するが、小学校低学年の自分には早かった。
自分は、「なかよし」派ではなく「りぼん」派であったように記憶する。
中学になって「11人いる」とか名作を知るが、「有閑倶楽部」などは成人後である。

成長と共に少女マンガに対する興味は、風化していくものの忘れられない作者がいる。
田渕由美子氏の世界は、たぶん自分の理想だったに違いない。
少なくとも、上履きで図書室の机にあがりライダーキックとか、なさる同級生とは
一線を画すが何故か、その女性と20年も暮らしてしまった。

控え目で口数も少なく、陰のある薄幸の女性を自分が望んだに違いない。
出てくる男性も自分に似て、生きることに不器用、線が細く口下手であった。
そんな不器用な恋愛に憧れていたのかも知れない。
しかし氏が描く、顎の尖ったカマキリ女は、突き刺さりそうで怖いのだ。

大学に入る直前に、会社経営者が両親を事故で奪ってしまう。
容赦ない事実から始まる本編は、健気に生きる少女を描き、偶然から知る相手は
両親を奪った人間の息子であった。彼女の心に住む彼の存在は、既に肥大している。
互いに愛する心に誠実であるが、具現に決して横たわることはない。

それが自分の心をつかんでいること、認めて然り。映画も、濡れ場など見たくない。
愛の具現は、それがすべてと概念を固定して欲しくないのである。
氏の作品は随所、ウィットに富み尚更の興味を惹き付けて離さない。
本は借りてはいけない。買って何度でも読み返すものなのだ。漫画も同様である。

どれだけ読んだのか分からない。すっかり色褪せた本である。
田渕由美子氏の単行本は、数えたら7冊が蔵書されていた。何度、泣かされたことやら。
増殖する文庫本の整理途中、手が止まる。懐かしい思いで「あのころの風景」を手に。
おかしい、と自分でも思う。読みながら目が見えなくなってしまった。






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2008年03月24日

備前焼(桟切焼成)

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No.00059

備前焼(桟切焼成)
















昨年の2月末、自家用車で一人旅に出た。誰も一緒に、来てくれないからである。
もっとも、誰かに話した訳ではないが。今年はまだ、行けそうもない。

朝7時半にローレルが走り出す。仕えてくれたのは浅いが、老兵は死なず。
兵庫県三木市、小野市、加古川市、姫路市、龍野市まで県道を走行、
相生市から海岸沿いに赤穂市へ
昼食に、なぜかうどんを食べた。別に他意はない。そこに店が、あったから。

岡山県の旧和気郡日生町から国道2号線で備前市、瀬戸町を経て岡山市内。
後楽園にお金を払って入る。一応、学割を交渉したが徒労に終わった。
スケッチしている老人の姿が、魅力的だ。桜を巧みに具現。
老女が彼に声をかけてきた。隣に座り、デッサンが始まったようだ。

いにしえを偲び、鯉を眺める。藩主もおまえを見つめたのだろうか。
返事がないから、大政奉還後に生まれた鯉なのかも知れない。

後楽園を後にして南下、海岸沿いにブルーラインから旧邑久町、虫明町と走行し、
寄り道しながら予約の宿泊先「岡山いこいの村」に、入る。日はもう、暮れていた。
ネットで検索したら2食付で5,500円だ。驚いたか。相部屋なんかじゃないんだぞ。

海を見ながら温泉に入る。会席料理ではなく松花堂弁当であることは、元より承知。
思ったより豪勢だった。量も自分には、十分過ぎた。
一人には広過ぎる部屋に戻り、缶ビールを飲んで、飲んで、飲んでから寝た。

独居中年は夜明け前に目が覚めるが、酉歳ではない。限りなく猫に近い、寅歳だ。
早朝から湯に浸かった後、順序が気になるが、その辺をかなり歩き回る。
下見ではなく、散歩である。疑いめさるな。

朝食は、どうやら他の宿泊客と同じ内容である。3倍以上も支払う方には申し訳ない。
とにかくスタッフの対応が、気持ちよかった。5,500円の客と、知っているくせに。

清々しい気分で宿を出ることができた。
海岸をのんびり走行する。老兵ローレルを気遣った訳ではない。
今まで乗った車で、最も小柄だが小回りが利く。
昔、「こまわり君」という漫画があったな、そう言えば。
 
備前市伊部で、予約しておいた体験をする。画像は、恥の公開。
近代の益子焼を桧舞台に押し上げた人間国宝、故浜田庄司氏が言うには、
備前の土は、良過ぎておもしろくないらしい。
自分もひねってみたかった。いずれ益子にも、足を運びたい。

インストラクターのお嬢さんが、懇切丁寧に教えてくれる。
途中で失敗。案の定だ。やり直す。人生みたいに簡単ではない。
浜田庄司氏の大皿、柄杓で掛けた釉薬の大胆さ。そんな訳にいくものか。
小皿で四苦八苦。インストラクターは、口が上手かった。

備前焼を見てまわり、備前長船資料館へ立ち寄る。
男はなぜ、興味を持つのだろう。刀剣を見ていた時間は、1時間を超えていたようだ。
面白半分、市のひけた岡山中央市場へ行き、食堂で定食をオーダー。出された量に驚く。
南の端から北上した。赤磐市から美作市を通り、山間の県道をのんびり走る。

道の駅で農作物や、鉢植えなどを見て回る。
たまには小柄な老兵もやっとの、細い道を走ってみたり。
清流の横で停車させる。「旅に病んで、夢は枯野を駆け巡る」などと、つぶやく。
途中で雨、また趣きもあり。帰宅は夜であった。走行462km、2万円弱で一泊二日。

約2ヵ月後、届いた現物に落胆。
その余りに死のう、かと思ったが先に食事した。うまかった。お笑い番組を見て笑った。
端の反りなど焼きあがりが、ひねった時とまったく違う。乾燥期間で変化していた。
たおやかに従順そうな備前の土は、重みに垂れている。計算違いの赤っ恥。

浜田庄司氏の言葉が身に染みた…ような気分になる。また、行くぞ。




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2008年03月23日

楽山

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No.00058

楽山
10年くらい前になろうか。
松山空港の土産物売り場で、
マグカップに惹かれた。

2万円もするそれに、悩んでしまった。
結局、買わなかったが
後悔が訪れるのは、以外に早かった。

それはどんな男前か、というと
画像の花器を、
そのまま置換していただければ、
自分の意図は伝達に容易、と思う。

岩の隙間を沢蟹の這う姿。
同様の光景を事実、
自分は目の当たりにしたことがある。

陶芸に少なからず興味があるものの、
経験値に乏しい。
それでも、
この細工が容易ではないことは理解できる。
自分が挑めば、
恐らく割れてしまうに違いない。

伊丹空港に着くまで、後悔がつきまとう。
「買っておけば良かった。」
後悔、先に立たず。以降、松山空港に赴く機会がなかった。

3年ほど前になろうか。
とある方から、財産処分に関する依頼を受けて、仕事に携わった。
いくらかの美術品や工芸品、国内外を問わず故人の人柄がしのばれる。
自分の手許に来た中で、最も思い入れのある花器なのだ。

この花器、砥部焼の「楽山」だ。
自分より詳しい方の方が多い、と思うが砥部焼は磁器である。
絵柄も、白地に青いものが多い。
砥部焼は質実な位置付け、と考えたい。

しかし、この楽山は。

この花器を活かせるだけの花を、差したことがあっただろうか。
しかし、そんなことは拘らない。
いい、と思えばそれでいいのである。

そして、いつか割れるのであるからして。
そっと「楽山」の文字をなでてみる。





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2008年03月04日

Le moulin de la gallete4

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MoulinGalette自分の愛する絵画のひとつに、
この「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」がある。
ルノワールの作だ。
オルセー美術館蔵らしいが、行ったこともない。
行きたい、とも思わない。
それほど、焦がれている訳ではないのである。



仏国リモージュで生を受けたピエール・ルノワールは、
陶器の絵付けなどをしていたらしい。やがて、今日の評価を確立するに至った。



モンマルトルにあるダンスホールを描いた絵は、ホールの名前が付いている。
この絵は横幅が、自分の身長ほどのキャンバスだ。
半分サイズのキャンバスに描き、アトリエでこちらに描いたらしい。
見てきた訳ではないから聞いた話である。



自分に言ってくれれば、デジカメを貸してあげたのに。返す時は充電しといてね。
でも仏語で言われたら、どうしよう。自分の知識は、ワインのラベルが読める程度。
「ぼん・じゅーる」「ぼん・そわーる」とか「ながずぼん、はんずぼん」「じゅたすじゅは、にじゅ」「もんぺと、くわ」くらいしか話せない。意味もよく分からないし。




もう描きあげているのだから、デジカメを借りにも来ないだろう。
ルノワールは女性を数々、描いてきた。
多分に好色であった、と聞いたことがある。




愛するから美しさを引き出せるのかも、知れない。
肝要な要素である。今、自分は何を愛せるのだろう。
随分と長い間、愛する女性を持たない。
もちろん、非生産的男色趣味などありゃしない。




この絵は、友人たちを描いたものらしい。
自分が好きな理由として、生き生きとしていること。
遊び人たちなのだから、高揚する思いは当然かも知れない。
よき時代を生きた人々の、能動的な煩悩が匂いたつ。
そして色使い。添付画像では巧みに伝達できないが、この青が好きだ。




「ねえ、ジャン。このあとレーモンも誘って海にでも行かない?」
「ソフィーはレーモンが、小麦相場で一山、当てたこと知ってるのよ。」
 「そんなの嘘っぱちさ。それよりカトリーヌ、俺はロト6で2等だったぜ。」
 「夢でも見たんじゃないの?」などと、言っているのやらどうやら。




いくつかある美術蔵書の中で、
たまに開いて眺めるうちのひとつに、この絵がある。
素養がない自分は、解説などもってのほか。
何となく好きだから、それだけである


もう30年以上、前からこの絵が好きだ。






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2008年02月21日

浜木綿4

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d0bcf237.jpg
 関西芸人で、惜しまれて亡くなられた方に、木川かえる氏がいる。音楽に合わせて漫画を描かれるのだがサラサラ、と実に鮮やかであった。見ていて溜息を禁じえない。時代劇などに人相書き、なるものが出てくる。チラ、と見ただけで描けるものなんだろう。この素養、神は自分に与えなかった。不満を漏らしているのではない。事実を述べているだけである。
 絵の上手い方が実に、羨ましい。無い物強請りの顕著な例、と認識している。そういうDNAとやら、なのであろう。

 一度だけ、県に入賞した記憶がある。どんな賞なのか、は記憶にないし証文たる賞状を失っていることが、返す返す口惜しい。
 小学校4年生の時、担任は熱血教師であった。男子生徒のみんなは彼を愛し、恐らくは女子生徒も同様であったに違いない。ただ若く、イケメンの教師にそろそろ性への芽生えが始まる頃であったため、女子生徒は迎合しない振りをしていた。その件でさして問題が起きたわけではないため、成長過程ということで以下、割愛させていただこう。

 給食と掃除は全校行事であるため参加を必須、とする。その時間帯だけ校内に戻れるような範囲で校外に、写生として散らばった。元来、前述のセンスを持ち合わせていない自分は何人かに連れ立ち、公民館の庭あたりで狼狽していた。テーマ設定が、いつまで経ってもできないのである。いたずらに過ぎ行く時は、やがて何もしないまま学校に戻る時間を迎える。掃除が終われば、公民館に戻った。画材、すべて置いたままだ。見られるのも恥ずかしいから、級友のいない場所を探していた。やがて太く長い葉を付けた、つぼみの白い花を見つけた。よく覚えていないが単純そうだから描きやすいだろう、などと不埒な発想による選択ではなかろうか。その程度の自分である。観念して描き始める。

 描き始めると時間を忘れた。夢中で描いた。早い者は午後、仕上げのみを残す要領であろう。完成品を携え、学校に帰っていったはずだ。陽は既に、西に傾く。
 32人の生徒、全員の行動を把握していた担任は、さすがである。もちろん、美術センスにおける自分のDNAも熟知していたに違いない。31人が教室に戻り、放課後を迎えて下校した生徒もいた。もちろん、それを知らず黙々と描き続ける。薄暗くなり始めた頃、担任が後ろから「おっ、いいじゃないか。」と声を上げる。後ろから、あれこれと指示を出しているうち熱血教師は、自分の持つ絵筆の上から手を掴んだ。自分は手を、教師の制御に預ける。病人のような絵筆は途端、水を得た魚のように動き始める。名も知らず描き始めたつぼみが、描き終えた頃には咲いていた。あたりはすっかり、暗くなった。
 もう時効なのかも知れないが、私が描いた絵ではないものが入選した。「ま、いっか。」
自分は、こんな先生たちばかりに教わったような気がする。当然、全員のフルネームを覚えている。そして成れの果てが、このていたらくである。合わす顔がないのであった。

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